やすいかぐ100年のあゆみ

人が紡いだ100年です。

創業者 安井治三郎がはじめたのは、
夫婦2人で切り盛りする小さなタンス屋でした。
夫婦で力を合わせて、手作りの桐タンスをひとつひとつ売る。
ていねいな仕事と、お客様への細やかな心づかいが評判の店でした。
見知らぬ土地ではじめた商売でした。
いつしか友人のような馴染み客に囲まれるようになり、
多くの人々に愛していただきました。
戦争で店を跡形もなく失ってしまったこともありました。
旧友の大工の心意気でバラックを建ててもらい、
すぐに商売を再開することができました。
物資が不足し、売れるものがなくなってしまったこともありました。
朝から晩まで自転車で飛び回り、見かねた木工店に商品を提供してもらって
何とか店を続けることができました。
お客様をはじめ、多くの人々に支えられてきた100年間でした。
世の中の流れに歩調を合わせ、現在の生活スタイルに合った
家具、ホームファッション、雑貨を取り扱う小売業へと姿を変えていった私たちですが、
原点はあの小さなタンス屋にあると、いつも考えています。
人と人とのつながりが、いまをつくる。
次の100年に向けて、今日からまた歩き出します。

創業期

大正時代の初め、腕の良いタンス職人だった安井治三郎が「家具業界の檜舞台」といわれた名古屋市・裏門前町の家具屋街の近くに小さな店「安井タンス店」を開店した。これが「安井家具」の創業である。治三郎とその長男治郎、次男栄一のもとで店は繁盛するが、治三郎の急逝を受けて兄弟は力を合わせて商売に打ち込んだ。 やがて戦争の暗雲が迫り、治郎・栄一兄弟と安井タンス店に試練の時が訪れようとしていた。

成長期

戦災で焼け野原となった裏門前町で、復員した弟栄一は小さなバラック建ての店を再開。やがて帰還した 兄治郎と力を合わせ、店の勢いを取り戻す。そして、店舗の新築、株式会社化、「安井家具」への社名変更を行った。さらには、郊外への配送センターの開設、卸事業の全国拡販なども行った。 経済成長とともに会社は成長。兄弟は自社の発展にとどまらず、ジェフサなど家具店同士を結びつけ、業界全体の活性化を図って奮闘した。

躍進期

1969(昭和44)年「やすいかぐ」として新築オープンを果たした本店は、「家具とインテリアのデパート」をキャッチフレーズにした、堂々たる売場面積を誇る全国有数の大型店である。3年後には隣接地に新館を増築した。初めての支店である豊橋店をはじめ多店舗展開へと積極的に乗り出していく。 ジェフサもまた時代の流れを取り入れて地区本部制に。安井家具は中部ジェフサとの連携を深め、ジェフサ会の企画開発した新業態「ビビホーム」が誕生した。

変革期

景気後退で消費が縮小、家具業界も揺れるなか、安井家具は新たな可能性を求めて事業を展開した。家具とホームファッション(家庭用品)を二本柱としたビビホーム緑店のオープン、岡崎店の敷地内移転増床によるビビホームへの移行、そして大型複合モールへの出店などを成功させた。創業80周年を迎え、時代が求めるニーズに応えるべく、さらなる改革と再編を進めていく。

挑戦期

国内外の家具大手も参入した店舗の大型化競争、ホームセンターの攻勢など、すさまじい勢いで変化する小売業界。そのなかで企業として存在し続けるための新たな答えが「ファニチャードーム」だった。業界の常識をあえて覆す消費者本位の店づくり、“客を楽しませる”エンターテインメント性を追求した新業態による挑戦は、金城埠頭への本店移転、全店舗ファニチャードーム化、そして初の県外進出へと加速していく。